RCA

VICTORの歴史とRCAとの関係(中期編)

今回は、前回の第一段の初期編に続き、中期編となります。Victorの歴史や、あまり手持ちはないですが、その時代のシステムなど紹介できたらと思います。お役に立てるような記事になるよう努力致しますので、是非最後までお付き合い頂けますと幸いです。

【Victorの歴史(中期)】

今回の記事では、ビクターのロゴ、ニッパーのマークをRCAから、日本での使用権を譲り受けた後、どのようになっていったのかまとめてみました。
1938年~1943年まで、日本では太平洋戦争の最中でした。1938年、RCAが所有していた株は、日産コンツェルンに譲渡され、Victorは東芝の傘下に入ります。

社名は、日本音響となります。RCAが資本関係を解消した後も、研究や開発は交流があったようです。

その交流によって、現在のテレビや、オーディオの歴史にとても影響していた物と考えます。この歴史がもしなかったら現在はまだブラウン管だったのかもしれませんね。
戦争が終わり、1945年に日本ビクターへ社名を戻していますが、空襲により壊滅的なダメージを受けました。この時同じく、東芝も空襲により壊滅的なダメージを受けており、親会社が東芝から日本興業銀行へと移行しますが、責務返済問題の話が合わず、戦前のRCAに掛けあいます。
1954年、松下電機と提携をとります。その時に、現パナソニックの創設者、松下幸之助の同郷人である元海軍大将、野村吉三郎が社長につきます。この野村社長が、RCA社との技術支援契約を結び、従来の関係を取り戻しました。
1960年には、株式上場します。

1969年、東京オリンピックの公園の一角に最新の録音スタジオを建設します。当時、もっとも優れた機材があるとされていました。この時に使われていたシステムが、歴史の年代から、BLAのシステムと考えます。このBLAシリーズでは、RCAとの共同開発がとてもわかります。

BLA最高高級機BLA-60では、コニカルドームを利用した38㎝ウーファーにて、まさに、RCA LC-1Aにそっくりです。手持ちにあるLC-1Aは、最も初期型のコニカルドームがついていない物でした↓このLC1Aにつきましては別記事で詳しくご紹介しています。合わせて読んで頂けますと幸いです。

RCAの歴史 LC1Aの歴史とスペック当時の放送局用モニターとして一世を風靡した、この38㎝径のウーファー振動板は、ドームが付いている物は、コルゲーションがあるのに対し、初期はコルゲーションはついていません。造りも非常に特殊で2マグネット、2エアギャップ構造を採用しています。ウーファーとコーン型トゥイーターのギャップの精度が凄いです。...

そして、こちらは、BLAのシステム、BLA-30に使われていた16㎝のホーン型スコーカーと、指向角度を広める音響レンズ付の、パノラマホーントゥイーターです。

その後、スキャンダル、オイルショックによる景気の失速により低迷してしまいます。

【SXシリーズの発売】

1970年代に入り、オーディオブームが到来します。そしてSXシリーズの歴史が始まります。
SXシリーズ、最初の第一作目は、SX-3になります。1973年頃発売と情報があります。この年代の主流は主にアルニコだったのですが、こちらはフェライトとなっています。外観は、北米産針葉樹ダグラスファー合板のリアルウッドで、斬新な美しい作りとなっています。コーン紙は、ドイツのクルトミューラー製。

残念ながら私が所有しているのは、SX-3IIでした↓SX-3IIは、SX-3の改良版で、従来の特性よりもよりフラットになっています。

そしてそこから、SX-5、SX-7とそれぞれ1と2で発売され、ビクターの代表作が沢山生まれていきます。

記事をご紹介するのに、SX-5を持っておらず、所有しているのはSX-7IIです。記事として紹介するには、ちょっとって感じですが、大きな心で是非雰囲気をお楽しみください。

今回はここまでにて、次回は、SXシリーズの、1980年代~90年代あたりのバブルの時代(黄金期)のユニット、特大のアルニコ磁気回路を用いたシステムまでご紹介ができたらと思います。

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